2012/02/02

ドストエフスキー「分身」


ドストエフスキー『分身』(1846年)を読みました。
新潮社『ドストエフスキー全集 1』に収録されている、江川卓訳です。
ドストエフスキー全作品を読む計画の2作目です。

下級官吏のゴリャートキン氏は、上役の娘であるクララに恋をし、彼女の誕生日を祝う晩餐会に招かれていないのに赴きますが、玄関ですげなく断られてしまいます。裏階段からなんとかもぐりこみますが、クララの前で大失態を演じ、会場から追い出されてしまいました。
その帰り道、自分と瓜二つの男と出会います。翌日出勤すると、昨晩の男が同じ職場に着任しており、同じゴリャートキンという名前だと知ります。
新ゴリャートキン氏は、上司にうまく取り入り、同僚に愛想を振りまき、役所での地位を乗っとります。旧ゴリャートキン氏は、新ゴリャートキン氏が自分を破滅させようとしていると思いこみます。"私と駆落ちしてください"と懇願するクララからの手紙を信じ、馬車で彼女を迎えに行った旧ゴリャートキン氏は、思いがけず屋敷に招き入られ、集まった上役一同から涙ながらの同情を受けます。
旧ゴリャートキン氏は、医者に連れられ、馬車に乗せられます。行き先は精神病院でした。

◇◇◇

【登場人物整理】

ヤコフ・ペトローヴィチ・ゴリャートキン(旧ゴリャートキン)...九等官、係長補佐
新ゴリャートキン...九等官、旧ゴリャートキンと瓜二つの顔、同じ姓、同じ土地の出身
ペトルーシカ...旧ゴリャートキンの従僕

アンドレイ・フィリッポヴィチ...課長
アントン・アントーノヴィチ...係長
オルスーフィイ・イワーノヴィチ・ベレンジェーエフ...五等官 旧ゴリャートキンのかつての後盾 クララの父
クララ・オルスーフィエヴナ...老五等官オルスーフィイの一人娘
ヴラジーミル・セミョーノヴィチ...八等官、アンドレイ課長の甥、26歳
ネストル・イグナーチエヴィチ・ワフラメーエフ...十二等官、役所の当直
役所の同僚...二人の記帳官(十四等官)、二人の書記(オスターフィエフ、ピサレンコ)
クリスチャン・イワーノヴィチ・ルーテンシュピッツ...内科兼外科医、旧ゴリャートキンの主治医
カロリーナ・イワーノヴナ...ドイツ人女性、食堂の女将、旧ゴリャートキンと結婚の約束をしていた

◇◇◇

主人公のゴリャートキン氏は、役所勤めをしながらも、クリスチャン医師の治療(投薬+カウンセリング)を受けている人物として、作品冒頭から設定されています。
彼は独身で、750紙幣ルーブリの蓄えがあり、アパート暮らしで使用人もおり、暮らし向きも世間並み以下ということはない。

★新ゴリャートキン氏は何者なのか?
→旧ゴリャートキン氏の「分身」=妄想(幻覚・幻視・幻聴)
理想の自分(新ゴリャートキン氏)と現実の自分(旧ゴリャートキン氏)

★『分身』に描かれているエピソードは、どこから妄想でどこが現実なのか?

  • 第1章...起床~貯金額を数える~出掛ける準備→現実 語り手「作者」
  • 第2章...クリスチャン医師のカウンセリングを受ける→現実
  • 第3章...オルスーフィイ家の玄関で追い返される→現実
  • 第4章...晩餐会の様子→現実 語り手「作者」
    裏階段から旧ゴリャートキンが晩餐会にもぐり込む→現実 旧ゴリャートキンの「意識の流れ」が地の文に描かれ始める。
  • 第5章...みぞれの中、分身に出会う→妄想
  • 第6章...翌朝、役所に新ゴリャートキンが着任→妄想?
  • 第7章...旧ゴリャートキン宅に新ゴリャートキンが招かれ、すっかり仲良くなる→妄想?
  • 第8章...新ゴリャートキンが役所で旧ゴリャートキンに冷たくし、仕事を横取りする→妄想?
  • 第9章...新ゴリャートキンに手紙を書く→妄想の手紙?
    ワフラメーエフの手紙を受け取る→妄想の手紙(第10章で手紙が消えている)
  • 第10章...役所で新ゴリャートキンとひと悶着→妄想?
  • 第11章...クララの手紙を受け取る→妄想の手紙(第13章で手紙が消えている)
    クリスチャン医師から処方された薬を見つけて錯乱する→現実?
  • 第12章...従僕が勝手に退職を決め、引っ越す準備をしている→現実
    オルスーフィイ家を訪れ、上役たちに弁明する→現実
  • 第13章...クララが駆落ちのために現れるのを待つ→現実
    オルスーフィイ家に招かれ、上役たちから歓待を受ける→現実
    クリスチャン医師と馬車に乗る→現実
    馬車の窓から新ゴリャートキンが馬車と共に走り続けているのが見える→妄想

『分身』は、幻想と現実が交錯していて、すごく面白いです。
<分身>というモチーフは、ゴーゴリ『鼻』から着想を得ていると思います。
『分身』の副題「ペテルブルグ叙事詩」は、プーシキンの叙事詩『青銅の騎士』へのオマージュだと思います。
『青銅の騎士』は、ペテルブルグを舞台に哀れな下級官吏の青年が発狂する物語です。
『分身』のゴリャートキン氏は、<ペトローヴィチ>という父称ですから、”ピョートルの息子”という意味です。ゴリャートキン氏は、ピョートル大帝の都=ペテルブルグが生んだ一類型の人間であることを示しているのかもしれません。
『カラマーゾフの兄弟』におけるイワンと悪魔の対話は、<分身>のモチーフの発展だと思います。



読了日:2011年1月8日

二重人格 (岩波文庫)
二重人格 (岩波文庫)
  • 発売元: 岩波書店
  • 発売日: 1981/08/16