2012/04/30

円城塔「道化師の蝶」

道化師の蝶 (講談社文庫)
  • 発売元: 講談社
  • 発売日: 2015/1/15

2012年3月の読書会課題本は、円城塔『道化師の蝶』でした。
第146回(2011年下半期)芥川賞受賞です。
芥川受賞作では、絲山秋子『沖で待つ』、青山七恵『ひとり日和』、楊逸『時が滲む朝』、磯崎憲一郎『終の住処』、赤染晶子『乙女の密告』を読みましたが、今回の『道化師の蝶』は、今までに読んだ芥川賞受賞作の中で、一番面白かったです!
この作品と出会わせてくれた、芥川賞に感謝。

『道化師の蝶』の面白さは、物語の中に物語がある、入れ子構造になっているところです。
そして、変奏曲のように、第1章で提示された「網」と「蝶」のモチーフが、第2章~第5章で変奏されて、全体として一つのまとまりを持っている構成が、すごく面白いと思いました。

エイブラムス氏は、第1章には「男」と書いていて、男だと思って読んでいくのですが、第2章で「子宮癌」を患っていたと書いてあり、「え!女だったの??」とびっくりさせられます。
<第1章>は友幸友幸の創作物という設定だから、そこで記述されているエイブラムス氏像も、信頼できないということになりますよね。
友幸友幸が、「アール・ブリュット」「アウトサイダー・アート」として説明されている時点で、読者は<友幸友幸>=<信頼できない語り手>として印象付けられるわけですね。
以下に、作品の構成を整理したいと思います。


<第1章>
東京-シアトル間の飛行機内
語り手「わたし」
登場人物「エイブラムス氏」(「わたし」の隣席)
...「わたし」は、「旅の間にしか読めない本があるとよい」というアイディアを思いつく。
...着想を捕まえる銀色の「捕虫網」と、道化師のような架空の「蝶」という主題が提示される
→第1章は、友幸友幸の小説『猫の下で読むに限る』という設定

<第2章>
語り手「わたし」
<第1章>の『猫の下で読むに限る』の翻訳者
...友幸友幸という作家について証言する
友幸友幸は、アール・ブリュットに分類される多言語作家で、当人の姿が見当たらないまま、世界各地で未発表原稿が発見されている。
友幸友幸は、滞在地を移動するたびに、その土地の言語を習得し、作品で使用する言語を切り替えている。
『猫の下で読むに限る』は、無活用ラテン語で記述されている。
エイブラムス氏は実在する実業家で、友幸友幸の捜索をしていた。

<第3章>
モロッコのフェズ
語り手「わたし」
...お婆さんにフェズ刺繍を習っていて、刺繍を習得する過程で、モロッコ方言のアラビア語を習得していく。
→語り手「わたし」は、友幸友幸では?
→シアトル-東京間の飛行機内の出来毎の回想として、銀色の虫採り「網」と「蝶」のモチーフのバリエーションが登場。

<第4章>
サンフランシスコ
語り手「わたし」
...友幸友幸の捜索のために、エイブラムス記念館に雇用されたエージェント。
→<第2章>の「わたし」と同一人物
→記念館のカウンターで、係員の女性が「わたし」の書いたレポートを受け取る。

<第5章>
①エイブラムス記念館
語り手「わたし」
...エイブラムス記念館に雇われた非常勤職員で、「手芸を読む」能力がある。
→<第4章>の係員の女性と同一人物
→<第3章>の語り手「わたし」と同一人物
=友幸友幸本人が、自分を捜索する記念館に本名を隠して就職していて、自分が過去に書いた作品を読む作業をしている。

②「喪われた言葉の国」
語り手「わたし」が訪れた世界→友幸友幸の内面世界?
→喪われた言葉の国=無活用ラテン語の国
...「わたし」は、<第1章>で登場した鱗翅目研究者に頼まれて、「蝶」を捕まえるための銀色の「網」を編む。
...材料である銀色の「線」には、「土地や記憶」が欠けている。
→友幸友幸は、場所を移動するたびに、その土地に根差した言語で書いていくが、「無活用ラテン語」は「使用者のいない人工言語」「死語」だから、「土地や記憶」が無い。

③蝶と鱗翅目研究者とエイブラムス氏
...<第1章>で、エイブラムス氏が「架空の蝶」を発見し、鱗翅目研究者に見せる場面のバリエーション。
...「道化師の蝶」か、「道化師を捕まえる網」=「着想を捕まえる網」かどちらか一方を選ぶように言われ、エイブラムス氏は「網」を選ぶ。
→「蝶」の視点と、「わたし」=友幸友幸の視点が重なる。

→エイブラムス氏が「蝶」を捕まえることが出来ないのは、友幸友幸をどんなに探索しても、見つけることが出来ないのと同じ。

→「蝶」が飛行機内の男性の頭に産みつけた「卵」=「着想」
...卵が孵って、「旅の間にしか読めない本があるとよい」というアイディアが、男性の頭の中で育ち始める。
→この男性は、<第1章>の語り手「わたし」であり、<第5章>の終結部が<第1章>の冒頭部につながっていく。



読了日:2012年3月31日